医師一家の生前対策

第2章莫大な相続税で破産、
子どもの跡継ぎ争いで家族崩壊……
医師一家を襲う悲劇 5つの事例

もし相続が発生したら? 相続手続きの基本の流れをつかむ

 何の準備も心づもりもないまま相続を迎えてしまうと、遺族や病院スタッフ、患者、取引先など関係者全員をパニックに陥れることになります。Aさんの場合はかろうじて間に合いましたが、これがもし時間切れとなっていたら、どのような事態に陥っていたでしょうか。

 遺族は「相続」「医業承継」というものへのイメージがありませんから、行き当たりばったりで対応するほかなく、一貫性のある相続・承継をすることが難しくなります。どうにか形だけ整えて相続・承継ができたとしても、それで円満な解決とはなりません。

 なぜなら、方向性を持たない見切り発車での相続・承継というのは、〝設計図なしに建てた家〟のようなものだからです。思いつきや感覚だけで建てた家は、一見まともに見えてもいずれ歪みや不具合が生じ、家としての機能を果たせなくなります。それと同様に、その場の都合や安易な判断で進めた相続・承継は、いつか家庭内・病院内に問題を生じさせ、破綻する可能性が高いのです。

 行き当たりばったりにならないためには、まず「相続が起きたら、どのような流れで物事が進んでいくのか」「いつまでに何をしなくてはいけないのか」を、開業医本人も家族も知っておくことが重要です。

 相続の流れのなかでも一番重要なのは、相続税の申告と納付です。相続税の申告・納付には期限が定められているためです。

 もし相続財産が基礎控除枠内で収まる、相続税がかからない家庭であれば、申告の必要はありません。年間に発生する相続のうち、相続税がかかるケースは4・4%というデータがあります(国税庁「平成26年分の相続税の申告状況について」)。これは相続税が改正される以前のデータで、課税対象が拡大された平成27年以降に関してはまだ集計されていませんが、おそらく6%程度になると予想されています。つまり、100件のうち94件は、申告手続きそのものが必要ないということです。この場合は、特にタイムリミットはありませんから、遺産分割の話し合いなどもゆっくり進めることができます。

 しかしながら、開業医の家庭はその多くが相続税の対象になってきます。相続税を計算するときに認められている優遇制度を利用することで、相続税がかからなくなるケースでも申告は必要です。

 相続税の申告・納付が必要なケースでは、相続発生と同時にカウントダウンが始まります。もし期限内にできないとなると、それなりのペナルティーを受けることになりますから、悠長なことは言っていられません。

 まず、相続税の申告については、「相続の開始があったことを知った日(通常は、被相続人の死亡の日)の翌日から10カ月以内」という期限があります。

 何の準備もなく相続を迎えたとなると、この間に、相続財産をリストアップして評価額を算出し、相続人全員での遺産分割協議を経て分割を決め、各相続人が負担すべき相続税額の計算をし、申告書の作成・提出をしなくてはならないのです。

 ちなみに、申告書は相続人全員共同で1通を、故人(被相続人)の住所地を所轄する税務署に郵送もしくは直接持参することで提出します。相続人の住所地を所轄する税務署ではない点に注意が必要です。

 相続放棄あるいは限定承認をする場合の期限は、相続開始から3カ月以内です。

 相続放棄は、文字通り「遺産の相続を放棄する」ことです。相続財産に占める負債の割合が大きいなど、遺族が相続に魅力を感じられないケースや、家業の経営を安定させるために後継者に遺産を集中させたいといった、一部の相続人が相続を辞退するケースなどで使われます。

 限定承認は、「相続財産を責任の限度として相続する」ことです。たとえば、相続財産のなかに負債があった場合、ほかの相続財産から負債を弁済した後で、余りが出ればそれを相続するという方法を採ります。相続人が負債を相続したくないときに使われますが、現状はあまり利用されていません。

 こうしてざっと相続の流れを見ただけで、とても余計なことをしている時間的余裕はないことが分かってくるでしょう。だからこそ、いざ相続が発生したら遺族が前だけ向いて手続きを進められるように、生前のうちにできる準備をしておく必要があります。

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